「精神障害者」の交通運賃割引の今

福岡・「障害者」解放をめざす会

 

はじめに

 

 私たち「福岡・『障害者』解放をめざす会」(以下「めざす会」)は、「精神障害者」への交通運賃割引の不適用という「精神障害者」差別を撤廃させる取り組みを、今年度の活動の柱の一つにすえようと考えています。

 

 「めざす会」には「統合失調症」の仲間がいます。その仲間が昨年末に、「精神障害者保健福祉手帳」を取得しました。ところが、福岡市では、市営地下鉄(†1)を除いて、鉄道も路線バスも、「精神障害者」の交通運賃割引がまったくないのです。

 

 せっかく「手帳」を取得したのに、これではまともに出歩くこともできません。なぜ「精神障害者」には運賃割引が適用されないのか。合理的な理由はどこにも、何もないのです。いくら「障害」の種別、制度や手帳の種類が違うとはいえ、「身体障害者」と「知的障害者」に適用されているものが「精神障害者」にだけないということは、差別と言うほかありません。仲間の提起をきっかけに、「めざす会」として、この差別を撤廃させるために全力で取り組むことに決めました。

 

 

「身体障害者」と「知的障害者」への割引

 

 「身体障害者」と「知的障害者」に関しては、公共交通機関を利用する際の運賃割引が、公営・民営を問わず全国の事業者に定着しています。

 「身体障害者」のうち、「外部障害者」(「肢体不自由」、「視覚障害」、「聴覚障害」などの「障害」をもつ人)は、「身体障害者福祉法」制定時の1950年から、すでに割引が適用されていました。と言っても、国や公共交通機関が「身体障害者福祉」に早くから熱心だったというわけではありません。それは主に、「傷痍軍人」対策として行なわれたものです。

 「内部障害者」(心臓、腎臓、呼吸器等に「障害」をもつ人)と「知的障害者」については、1990年代に入ってから、全国規模の運動の成果として、割引適用が実施されるようになりました。

 ところが、「精神障害者」だけは「適用除外」とする状況が、今なお横行しているのです。

 

 

全国における「精神障害者」への割引適用の実態

 

 昨年7月3日付の読売新聞によれば、全国で「障害者手帳」による運賃割引を「精神障害者」にも適用している事業者は、鉄道で3割、バスで7割。公営地下鉄では、仙台市(†2)以外の自治体で、住民に限り福祉予算で発行される「無料(または減額)パス」はあるものの、事業者による割引は、「身体」と「知的」だけとなっています。

 鉄道事業者は、JR6社、大手私鉄16社すべてが割引を適用していません。一般路線バス(高速バス、空港バス、コミュニティバスを除く)事業者は、地域差が大きく、「25都県」は全社が割引を適用していますが、適用している事業所が全くないか、五割に満たない自治体もあります。

 福岡市は、西鉄バスとJR九州バスが路線バス事業をほぼ独占していますが、どちらも割引の適用はありません。

 

 

「精神障害者」にも運賃割引は不可欠

 

 すでに全国で、「精神障害者」の交通運賃割引適用を求める運動が、「障害」当事者や家族、支援者らによって取り組まれているところがあります。その中で「障害」当事者からは、割引の必要性を訴える切実な声が上がっています。「交通費の捻出に苦労しており、交通費が高いために、通院や就労施設に通う等の本来必要な外出すら控えなければならない」、「外出の制約のため、人間関係づくりが難しい」、「割引が実施されたら、映画や買い物など、日常生活に興味を抱くことができる」などなどです。

 多くの「精神障害者」が仕事に就けず、低収入です。わずかな「障害年金」や生活保護を頼りに、あるいは家族の扶養で辛うじて生活するなど、経済的に苦しい生活を余儀なくされています。厚生労働省の調査によれば、2012年度の全国の作業所(「就労継続支援B型事業所」)における工賃の平均月額は1万4190円(時間額で176円)となっており、通うための交通費が工賃を上回ってしまうような場合もあります。

 運賃割引が適用されないために、交通費が経済的に生活を圧迫し、社会生活を大きく制約し、自立生活を困難にしているのです。

 

 

「特段の事情」という名の「抜け道」

 

 ここで、「精神障害者」をめぐる制度的状況の変遷に触れておきます。1994年の「障害者基本法」制定によって「身体障害者」と「知的障害者」と並ぶ同等のものとして「精神障害者」が位置づけられ、1995年に「手帳」の交付が開始されました。

 2012年には、国土交通省から「標準運送約款(一般乗合旅客自動車運送事業及び一般貸切旅客自動車運送事業に係るものに限る。)の一部改正について」という「通達」が出されました。「標準運送約款」(†3)について、「身体障がい者及び知的障がい者に関する規定と同様に、精神障がい者割引についての規定を整備する」というものです。要するに、バス運賃の割引を「精神障害者」にも拡大すべしということです。実際に同年7月、割引対象者に「精神障害者」を加える改定「標準運送約款」が出されました。

 ところが同年8月になって国土交通省は、各地方運輸局(沖縄は沖縄総合事務局)に向けて、「事業者に対して、特段の事情がない限り、改正後の標準運送約款の規定を適用するよう指導すること」という「通知」を出しました。これは一見、事業者に対する強い「指導」を地方運輸局に指示したもののように見えるのですが、実はそうではないのです。この「通知」を逆に読むと、「特段の事情」があれば、事業者が引き続き適用対象から「精神障害者」を除外することを認めてもよい、ということになります。「あまりに強引な逆読み」のようですが、実際にその通りになっているのです。要するに、国土交通省が事業者に「抜け道」を作ってやったのです。

 「標準運送約款」改定により、「精神障害者」にも割引を拡充したバス事業所が一部にあります。しかし、大手バス事業者は、この「通知」をいいことに、こぞって適用除外申請を行ない、国土交通省の認可を受けて、今なお割引を頑なに拒んでいるのです。

 

 

なぜ、大手事業者は割引適用をしないのか

 

 大手バス事業者は、割引適用ができない「特段の事情」として「財政的な問題」を挙げ、「新たな福祉割引については、国や自治体の負担でやってほしい」などの言い訳をくり返すばかりです。

 しかし、その「財政的な問題」なる説明には、何の合理性も説得力もありません。現にJRなどは、多様な種類の割引を次々と打ち出し、需要の拡大と収入増を図っています。また、介護が必要な「精神障害者」の場合、介護者と合わせた2人分の割引運賃が支払われるとすれば、その分、減収に繋がるリスクは小さくなります。「精神障害者」への割引適用を頑なに拒む本当の理由は、他にあるのではないでしょうか。

 「精神障害者」に対する差別・偏見にもとづく社会的排除の圧力は、格段に冷たく厳しいものがあります。「障害者基本法」制定を受けて「精神保健法」が1995年に改定されて「精神保健福祉法」となり、それまで皆無であった「精神障害者」に対する「福祉政策」がようやく取り入れられることになりました。しかし、「措置入院」制度や「心神喪失者等医療観察法」による保安処分など、「精神障害者」を治安管理の対象、隔離・収容の対象とする政策は、本質的に何も変わっていないと言わざるをえません。こうした国の政策が、「精神障害者」に対する排除の圧力を社会的に蔓延させ、助長しています。そのような中で、多くの交通事業者が、運賃割引によって「精神障害者」の利用が増えることを嫌悪し、忌避しているのです。

 交通運賃割引の適用除外の問題は、「精神障害者」をあくまで治安管理の対象、隔離・排除の対象とする国策と社会的風潮の一環です。国や事業者が掲げる「特段の事情」とは、本音のところは、「精神障害者が乗ったら何をするか分からない」、「精神障害者を野放しにはできない」といった類の差別と偏見の固まりであることは、想像に難くありません。問題は深刻です。

 

 

全国で割引適用へ向けた取り組みを

 

 「めざす会」は、全「障」共の幹事会を通じて、福岡市・福岡県以外の全国の地域の実情を調べてもらうよう依頼しました。そうしたところ、インターネット・サイトに記載されている資料や、自治体で配布されている資料などが寄せられました。とりわけ東京の幹事の方は、関東の各自治体窓口や各交通事業者に片っ端から実態の問い合わせを行ない、膨大な回答文書を取り寄せてくれました。それだけでも、この問題に厳しい眼差しを向けている者がいることを、自治体や事業者に知らしめることができると思います。

 すべての地域の情報を網羅することは困難なことですが、それぞれが暮らす地元の現状や、それを決定づけている要因となっている事情、そして運動の状況を知ることは、ぜひとも必要です。そして、「精神障害者」差別の実態を、この問題を通して明らかにし、糾していかなければなりません。

 「めざす会」は、西鉄(鉄道・バス)、JR九州、JR九州バスなど、さらにこれら事業者の「特段の事情」なる差別的居直りを認める九州運輸局への申し入れ―追及の行動に取り組んでいきたいと思います。下からの行動を積み重ね、また各地の運動と結びつきながら、この差別を何としても打ち破っていく決意です。下からの行動とともに、国土交通省への追及も必要になってきます。「精神障害者」への交通運賃割引の早期適用を、全国でかちとりましょう。

 

 

†1 市営地下鉄

福岡市が「福祉乗車証」または「福祉割引証」を交付し、運賃の無料または減額の措置を採っている。

 

†2 仙台市

仙台市の場合、地下鉄事業者(市交通局)が「精神障害者」に対し「身体障害者」「知的障害者」と同じ五〇パーセントの割引を行なっている。ただし、「精神障害者」の介護者割引はない。

 

†3「標準運送約款」

「運送約款」は、バス事業者と乗客との間で定める契約のことで、国土交通大臣の認可を必要とする。「標準運送約款」は、国土交通省が作成・公示するもので、「運送約款」の見本。正式名称は、「一般乗合旅客自動車運送事業標準運送約款」。事業者が作成した「運送約款」が「標準運動約款」と同一内容であれば、その旨の届出をすれば認可を受ける必要はない。