「相模原事件」と革命的「障害者」解放戦線の立場

全国「障害者」解放運動共闘会議

 

 7月26日、神奈川県相模原市の「障害者」施設・「津久井やまゆり園」において、入居する「障害者」19人の殺害、27人重軽傷という「大量殺傷事件」が、26歳の元職員によって引き起こされた。この元職員は、精神科の病院に「措置入院」させられていた時、医師に対して「ヒトラーの思想が2週間前に降りてきた」「重複障害者がいなくなることで、国家的に経済的な負担が軽くなる。自身が抹殺事件を起こせば、法律が変わるきっかけにもなる」と話していたという。決して許すことはできない。満腔の怒りを込めて弾劾する。

 

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 この元職員は、「措置入院」以前にも、衆院議長・大島理森宛の手紙を「議長公邸」に届けている。その内容は、「私は、障害者総勢470名を抹殺することができます」「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。理由は、世界経済の活性化、本格的な第3次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです」「障害者は、人間としてではなく、動物として生活を過ごしております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。私の目標は、重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる社会です」「障害者は、不幸を作ることしかできません」「障害者を殺すことは、不幸を最大まで抑えること」「医療大麻の導入。地球の奇跡が生んだ大麻の力は必要不可欠」「職員の少ない夜勤に決行」「重複障害者が多く在籍している2つの園を標的」「逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせてください。心神喪失による無罪」「安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております」というものである。ナチズムそのものである。日帝の戦時「障害者」差別―抹殺攻撃そのものである。

 

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 ヒトラーは、「民族浄化」の優生学に依拠して「遺伝病子孫予防法」などによって「障害者」の断種を合法化し、1939年9月1日のポーランド侵攻とともに、「T4作戦」の秘匿名称で「精神障害者安楽死計画」を実行した。「治療不可能」とみなした「障害者」を「医者の判定」で、ガス室に送り込み、27万5000人の「障害者」を抹殺し、ユダヤ人600万人虐殺の先鞭をつけたのである。

 

 1999年、都立府中療育センターを視察した当時の東京都知事・石原慎太郎は、「ああいう人ってのは人格あるのかね」「自分が誰だか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって…。しかし、こういうことやっているのは、日本だけでしょうな」「ああいう問題って、安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」とうそぶいている。日帝もまた、1940年の「国民優生法」を引き継ぐ戦後の1948年の「優生保護法」、1996年の「母子保健法」と「優生政策」を継続しており、「心神喪失者等医療観察法」、「刑法等の一部を改正する法律」と「薬物等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」(「刑の一部執行猶予」「社会貢献活動」)、「精神保健福祉法」改悪、「障害者差別解消法」、「成年後見制度利用促進法」と「改正民法及び家事事件手続法」、そして、「超党派の議員連盟」による「安楽死、尊厳死の法制化」攻撃、「病棟転換型居住系施設」構想と矢継ぎ早の戦時「障害者」差別―抹殺攻撃を仕掛けてきているのである。

 

(3)

 「相模原事件」を引き起こしたこの元職員は、大島理森宛の手紙の中で「安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております」と書いているが、「相模原事件」は、戦時「障害者」差別―抹殺攻撃を推し進める「戦争屋」・安倍が産み出したものと言っても、決して過言ではない。その安倍が、小泉が「池田小学校事件」をうけて「心神喪失者等医療観察法」を成立させたように、8月10日に立ち上げた厚生労働省の「検証会議」に、措置入院制度の強化策の検討を命じているのである。こうした「戦争屋」・安倍の策謀を決して許してはならない。

 

 われわれのスローガンは、〈自立と解放〉〈共闘・共生〉である。資本制下の「障害者」施設を承認するものではない。その上で、多くの「障害者」が施設で生活せざるをえない現状の中では、施設労働者は、「入所者」との〈共闘・共生〉を追求しつつ、「非正規雇用」労働者が多用され、極限的低賃金と長時間労働が強制される職場の改善要求も含めて施設当局に施設の改善要求をつきつけ闘わなければならない。「入所者」の防衛に関しても、施設労働者と「入所者」の共同作業でなければならない。国家権力に頼るのは誤りである。国家権力は、決して助けてくれない。「津久井やまゆり園」の園長が警察官同席の上でこの元職員に面接した際、「重複障害者は…まわりを不幸にするだけ」と主張し、園長が「それではナチスの考えと同じだ」と指摘しても「そうとられてもかまわない」と譲らず、自ら退職を申し出たということである。

 

 われわれは、「相模原事件」のような事態を二度と引き起こさないために全力で闘いぬく。われわれは、〈自立と解放〉〈共闘・共生〉の原則の下、労働者の解放の実現を通しての「障害者」の解放を実現するために闘いぬく。